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いつかは若い世代の方も、高齢者となっていきます。
そんな事を考えるまでもなく、高齢者の方にとって「生きがい」のある社会をつくる事は、国民の責務でもあります。
また最近は、まだまだ元気な高齢者の方向けに、スキルをビジネスに生かしてもらう取り組みが色々企画されています。
そういった試みは、どんどん行って頂きたいと思います。ただ、いずれにしても、
「将来姥捨て山のような施設に入れられるのは、まっぴらご免だ」
と、私は思います。
小さい頃に、昔話で聞いた姥捨て山。
それに該当する施設が、未だ存在するような気がしてなりません。
しかし、私とは対照的に、将来自分は、自然の豊かな環境の中で、「お年寄り」に囲まれて、のんびりと静かに余生を送りたい、と考える方もいると思います。
確かに、良いと思える部分もたくさんあります。
でも、はたしてそれが最善でしょうか?
私は、高齢者が高齢者だけのコミュニティを形成する事は、社会の損失だと考えます。
お年寄りに、相談にのってもらいたい若者。
戦時中の話を聞きたい大人。
昔の遊び方を教えてもらいたい子供。
おばあちゃんが欲しい子供、お母さんが欲しい大人。
少子社会で、夫婦共働きでなければやっていけない社会であるが故に、高齢者に助けを求めたい事も、たくさんあるのではないでしょうか?
それが、ビジネスライクであってもなくても良いと思います。
あるいは、そこにITが介在し、双方の橋渡し役になってくれるのでしょうか。そのあたりの方法論は色々考えられる事でしょう。
いずれにしても、街の図書館に寄るような感じで、気軽にお年寄りとコミュニケーションがとれる空間があれば良いのにと思います。
高齢者の方にとっても、社会に必要とされる事が、最高の生きがいでありましょう。